21世紀、人類は急速な人口増加、気候変動、経済のグローバル化などの変動に直面しています。
これらの変動は、私たちの食生活や食料供給にも影響を及ぼしており、全人類が安全で栄養価の高い食料を持続的に入手すること、すなわち「フードセキュリティ」が大きな課題として浮き彫りになっています。
世界的な食料安全保障の現状や課題、そして日本の状況や持続可能な開発目標(SDGs)との関連性など、フードセキュリテに関して、多角的な視点から見ていきましょう。
フードセキュリティの基本概念
フードセキュリティとは?
フードセキュリティとは、すべての人々が、物理的かつ経済的に安全で、健康的な食料を十分に、そして継続的に取得し続けられる状態を指します。この定義は単に「食料が足りること」だけではなく、食料の「質」や「安全性」、そしてそれを継続的に確保できる「持続性」も含んでいます。
フードセキュリティ:4つの要素
フードセキュリティの実現には、「量的充足」、「アクセス」、「利用」、「安定性」の4つの要素が不可欠です。
量的充足(availability):適切な品質の食料が十分な量確保できているか
物理的・経済的入手可能性(access):食料を入手するための経済的、社会的、政治的、合法的な権利を持っているか
適切な利用(utilization):身体が安全で栄養価の高い食料を摂取するための状態ができているか
安定性(stability):いかなるときも「量」「入手」「利用」が継続的にみたされているか
食料の安全と栄養価
食料の安全とは、食料が有害な物質、添加物、または微生物汚染などのリスクから解放されている状態を指します。これには、農薬残留、不適切な食品保存や加工に起因する可能性のある有害な物質、または食材自体が持つ天然の有害成分を適切に管理することも含まれます。
一方、栄養価とは、食料が私たちの体に必要なさまざまな栄養素をどの程度供給してくれるかの度合いを意味します。たんぱく質、ビタミン、ミネラル、必須脂肪酸など、私たちの健康や成長、生命維持に欠かせない成分がきちんと含まれているかがポイントとなります。
フードセキュリティの実現には、食料の安全性と栄養価の双方が欠かせません。食料が豊富であっても、その食料が安全でなければ健康へのリスクが生じる可能性があります。
また、安全であっても栄養価が不足していると、疾病のリスクが増加したり、子どもの発育が阻害される危険があります。
したがって、健全な社会を築くためには、食料供給の量だけでなく、その質にも注目しなければなりません。私たち一人一人が健康で豊かな生活を送るために、食の安全性と栄養価は切り離せない要素として考える必要があります。
世界の食料安全保障
ランキングとトップの国々
食料安全保障のランキングは、毎年多くの組織や研究機関によって発表されます。
例えば、エコノミスト・インテリジェンス・ユニット (EIU) が公表する「食料安全保障指数」は、多くの専門家や研究者から注目されるランキングの一つで、の安全性やアクセス性、価格の安定性など、多様な要因を評価基準としています。(出典: EIU)
このランキングによると、トップのフィンランドをはじめ、北欧諸国(例:ノルウェー、スウェーデン、デンマークなど)は福祉制度や教育、そして持続可能な農業実践の普及により、食料安全保障が高く評価されています。また、オーストラリアやオランダも農業技術の進化や高い自給率により、食料安全保障が高いレベルを保持しています。
食料問題の現状
現在、世界中で10人に1人以上が飢餓に苦しんでいると言われています。特にアフリカやアジアの一部地域では、子供たちの栄養不良率が高まっており、深刻な状況にあります。
飢餓や栄養不良の問題は、地域や国によってその原因や影響が異なります。
例えば、サヘル地帯や南部アフリカなどの地域では、気候変動による干ばつや不作が飢餓の主要な原因となっています。一方、アジアの一部地域では、人口増加や土地利用の変化が食料供給の問題を引き起こしています。
農業技術の進化と普及
食料安全保障の向上のため、近年の農業技術の進化と普及が重要な役割を果たしています。特に、農業生産の効率化や品質の向上を実現するための革新的な技術や手法が多くの国で取り入れられています。
例えば、ドローンやAIを利用した精密農業は、最適な水分や肥料の供給を可能にし、収穫量を増加させる効果があります。
また、生物技術やICTを利用した精密農業、持続可能な農業実践方法による収量と耐性の向上などが挙げられます。
遺伝子改良技術を使用したクロップの開発は、病気や害虫への耐性を高め、食料供給の安定化に貢献しています。
フェアトレードと食料供給の安定
農産物や手工芸品などの製品の生産者と消費者との間で公正な取引関係を築くことを目的としているフェアトレードの取り組みもまた、食料安全保障の一環として重要視されています。
開発途上国の農民にとって、フェアトレードは価格の安定や長期的な取引関係の確立、さらには生活の質の向上をもたらす可能性があります。このような公正な取引関係の確立は、農民の収入の安定を促進し、持続的な食料生産を奨励します。
日本のフードセキュリティの現状
食料自給率とその意味
日本の食料自給率は、60%をわずかに超える程度とされ、多くの国と比較しても低い水準にあります。
この数字は、カロリーベースでの食料生産量と消費量を基に計算されるものです。実際のカロリーベースでの自給率は40%前後と言われています。
低い自給率の背景には、日本特有の地理的、気候的要因、加えて農地の限界などが影響しています。例えば、山地が多く、平坦な農地が限られているため、大規模な農業生産が難しいという制約があります。
そのため国内で生産できない食材や、生産量が需要を下回る食材が多く、低い自給率の要因となっています。
穀物は特に輸入量が多く、特に大豆やトウモロコシ、麦などの主食となるものや、畜産の飼料として使用されるものが多いです。
国内の農業の現状
日本の農業が直面する主要な課題として、農家の高齢化、小規模経営の困難さ、技術革新の遅れなどがあります。
農家の平均年齢は66歳以上といわれており、この高齢化は、新しい技術や経営手法の導入を遅らせ、生産性の向上を阻んでいます。また、多くの農家が非営利の兼業として農業を行っており、これが生産量の増加を妨げている一因ともなっています。
このような中、政府は「新しい公共」の取り組みを通じて、地域資源を活用した農業の活性化を目指しています。
具体的には、若手農業者の育成や新規就農者に対する支援策の強化、JA(農業協同組合)の役割の見直し、農地集積・集約化を推進する政策が進められています。
食料安全政策
食料、農業、農村基本計画は、日本の食料安全政策の基盤となっています。この計画は、日本の食料自給率の目標や、農業の振興方針を定めており、毎年の進捗状況をもとに見直しが行われます。
また、食料品の安全確保に関しては、食品安全基本法を基に、農薬の残留基準の見直しや、遺伝子組み換え食品の表示義務付けなど、国民の食の安全を保障するための取り組みが行われています。
食料安全保障の取り組み
日本では、持続可能な食料供給を実現するため、農業の生産基盤の強化や、地域循環型の食料生産・消費システムの構築が進められています。
また、国際的な連携を強化することで、食料の安定供給を実現するための取り組みも行われています。これには、多国間の食料供給の確保に関する協定や、農業技術の普及・研究の推進などが含まれます。
日本のフードセキュリティ
国際的な視点で見ると、日本のフードセキュリティは脆弱と言えるでしょう。
2022年のEIUの調査では、世界16位でした。
食の安全性や品質において高い評価を受けているものの、自給率が40%程度と低いため、評価が低くなっています。
高い食料輸入依存度は、国際市場の価格変動や輸出国の政策、天候などによる収穫の変動に影響されやすく、また、気候変動や国際的な経済状況、政治的な問題によって、食料供給が不安定になるリスクも増加しています。
このため、日本では持続可能な食料供給を確保するために、多様な輸入先を確保する方策や、国内生産の強化、ストックの確保など、多角的なアプローチが求められています。
フードセキュリティとSDGs
フードセキュリティとSDGsの関連性
持続可能な開発目標(SDGs)は、世界中の国々が取り組むべき17の目標から成り立っており、その中のいくつかはフードセキュリティと深く関連しています。
特に目標2「飢餓をゼロに」は、食料の安全と栄養、そして持続可能な農業の実現にフォーカスしています。
この目標には、農業生産性の向上、農村の経済成長、食料危機への対応能力の強化などのサブターゲットが含まれています。これらのターゲットは、特に途上国での食料危機の軽減や、持続可能な農業の普及を促進するためのものです。
農業と環境の持続可能性
農業活動は、環境への影響が大きい産業の一つです。
持続可能な農業は、土地、水、生態系の持続的な利用を推進し、同時に農業の生産性と収益性を維持・向上させることを目指しています。
SDGsの目標15「陸の豊かさも守る」には、森林の持続的な管理、砂漠化の防止、土地の退化の停止や逆転、生物多様性の損失の防止などが含まれています。これらは、農業の持続可能性と直接関連しており、健全な生態系の中での農業生産の重要性を強調しています。
国際機関との協力
FAO(国連食糧農業機関)は、持続可能な農業や食料安全保障の実現を目指すための多岐にわたるプロジェクトやプログラムを展開しています。
特に、気候変動や生物多様性の保護といった環境問題と、食料や農業の持続可能性を結びつける取り組みに注力しています。
また、WFP(世界食糧計画)は緊急食料援助だけでなく、地域社会の持続可能な発展をサポートするためのプロジェクトも実施しています。
IFAD(国際農業開発基金)は、農村部の貧しい人々の生計向上や、農業生産性の向上を支援するための資金供与や技術援助を行っています。
これらの機関は、各国やNGO、民間企業と連携しながら、フードセキュリティの向上と持続可能な農業の推進に努力しています。
フードセキュリティ:課題と将来
今後の課題:気候変動と人口増加
気候変動はフードセキュリティへの直接的な脅威として現れています。
極端な気象、例えば乾燥、洪水、暖冬などが農作物の生産を大きく影響しています。また、気候変動による海面上昇は、農地を失うリスクももたらします。
これらの影響を受け、食料価格の変動や収穫の不確実性が高まる可能性があります。
一方、2050年までには世界の人口は約96億人に達すると予測されています。この急激な人口増加は、既に負担が増大している食料供給システムにさらなるプレッシャーをかけることとなります。
食料生産を増加させるための持続可能な方法を模索することが、今後の大きな課題となります。
栄養不足の解消と政策の方向性
栄養不足は「隠れた飢餓」とも呼ばれ、物理的には食料を得られているものの、必要な栄養素を得られていない状態を指します。
単に食料を確保するだけではなく、栄養価の高い食料の供給も重要なのです。
FAO(国際連合食糧農業機関)によれば、20億人以上が微量栄養素の不足に悩んでおり、これは栄養の偏りによるものです。特に発展途上国では、カロリーは確保できても栄養不足という問題が顕著に見られます。
WTOなどの国際組織は、食料の公平な取引や、食料供給の持続可能性を確保するための政策の整備を行っています。特に、食料価格の透明性の確保や、保護主義的な政策を避けることで、国際的な食料市場の安定を目指しています。
グローバルな視点での取り組みの強化
フードセキュリティを高めるためには、単一国家の取り組みだけではなく、国や地域の枠を超えたグローバルな連携が不可欠です。
特に、食料貿易の安定化や法制度の整備など、国際的な協力のもとでの取り組みが進められることが期待されています。また、食料生産に関する最新の研究や技術を共有することで、生産性の向上や環境への負荷の軽減が期待されます。
病害虫の流行や食品の安全性に関する情報の共有も、フードセキュリティを高める上で重要です。
持続可能な食料供給のための取り組みは、今後も国際的な議論や協力のもとで進展していくことが予測されます。
フードセキュリティの課題と取り組みは、これからの地球と人類の未来に向けた一歩として極めて重要です。
気候変動の進行、人口の増加、そして経済の変動など、多くの要因が交錯する中で、食料の安全と供給の安定は、持続可能な社会を築く礎となります。
今後も、国際的な連携や技術の革新、そして私たち一人一人の選択が、食料の未来を形作っていくことでしょう。
農林水産省:食料安全保障について
ロスゼロとは?
- フードロス削減、楽しい挑戦にしよう!
- 通販サイト「ロスゼロ」では、様々な理由で行先を失くした「フードロス予備軍」を、その背景やつくり手の想いと共に、たのしく届けています。